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てんかんとは何か

内容

てんかん発作とはなにか?

図1
大脳皮質神経細胞網の模式図

Carpenter MB 「Core Text of Neuroanatomy」神経細胞から無数の神経線維が枝をだし、 お互いに情報交換を行っている。神経細胞相互の情報の受け渡しは電気信号によって行われる。このため、脳内には微弱な電流が制御された形で流れている。

 脳には百億本以上の神経細胞が存在し、それぞれが神経線維という無数の枝をだし、シナプスという接合部でたえず他の細胞から情報をうけとり、逆に、情報を提供しています(図1)。この情報交換は電気信号によっておこなわれます。このため、コンピューター同様、脳にはつねに微弱な電流が制御された状態で流れています。

 しかし、どんなものでも不調をきたすことがあります。脳内の電流もさまざまな原因で乱れます。秩序が崩壊し、神経細胞がいっせいに興奮、異常電流が脳全体あるいは脳の一部で洪水のようにほとばしり流れ始めるのです。あまり適切なたとえではありませんが、電気器具がショートした状態を思い浮かべていただければいいかもしれません。この異常な電流を異常放電、あるいは、てんかん性発射とよんでいます。

 てんかん発作というのは、この異常放電、てんかん性発射によってもたらされる症状のことをいいます。

 脳はさまざまな機能をもっています。たとえば、大脳の後方に位置する後頭葉の内側は視覚に関与しています。ここに異常放電が生ずると、みえないはずのものがみえたり、目の前が真っ暗になってみえなくなったり、眼球が右や左へ引き寄せられたりします(図2)。あるいは、大脳の前方、前頭葉には運動を制御する部位があります。ここに異常な電流が流れると手足が硬直したり震えたりします。

図2 6歳男児

5歳頃から「目がぼやけると」と叫んだのち、目が右へ偏移するエピソードがみられるようになった.脳波では発作に一致して右後頭-頭頂部(O2ーP4)に律動波が出現し、しだいに振幅を増していくのが認められる(矢印)。

 このように、てんかん発作では異常放電が生じている部位の機能が歪んだ形で症状としてあらわれます。

 異常放電は突然出現し、突然消失します。ですから、てんかん発作も突発的に始まり突発的に止まります。持続は短いもので1秒以下、長くて数分程度です。1分以上発作が続くと異常放電によって膨大なエネルギーを消費しますから、発作の後、神経細胞は疲弊して脳の機能が低下、手足が麻痺したり、ボーっとしたりといった状態がしばらく続くことがあります。これはトッド(Tod)の麻痺とか発作後もうろう状態と呼ばれ、てんかん発作そのものとは区別されます。

 また、例外的に発作がいつまでたっても止まらないことがあり、これをてんかん発作の重延状態あるいは重積発作と呼んでいます。通常、20 分から30分以上発作がつづくものを重積発作と定義しています。発作が長時間にわたって繰り返しおこり、その間、意識が回復しない場合にも重積発作といっています。てんかん発作が断続的に起こっているようにみえても、実際には脳内では異常電気活動が持続していることが多いからです。こうした重積発作が1時間つづくと脳に悪影響を及ぼす可能性があるため、静脈内にてんかん発作を頓挫する薬を入れて、異常電気活動を止める必要があります。

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てんかん発作にはどんなものがあるのか?
部分発作と全般発作

図3 全般発作と部分発作

 脳の表面には灰白質あるいは皮質とよばれる膨大な数の神経細胞が集まっている部分があります。てんかん発作をもたらす異常放電の多くはこの皮質で発生します。異常放電は皮質の一部から始まることもありますし、皮質全体(と皮質と神経線維を介して繋がっている間脳、脳幹など)が一斉に興奮状態になることもあります。前者を部分発作、後者を全般発作と区別しています(図3)。たとえば、前に述べた視覚発作は後頭葉の皮質に限局した異常放電によってもたらされる発作ですから部分発作ということになります。

部分発作(単純部分発作と複雑部分発作)

図4 後頭葉発作における単純部分発作から
複雑部分発作への進展

 部分発作は発作中に意識が保たれているかどうかによって便宜上さらに2種類に分けられます。意識が保たれている場合を単純部分発作、保たれていない場合を複雑部分発作と呼んでいます。

 先ほどの視覚発作の例でいいますと、「ヘンなものがみえる」「目の前が真っ暗になってみえない」といった訴えは、発作を起こしている本人が視覚異常を認識していなければ、すなわち意識が保たれていなければ、そもそも自覚することさえできません。ですから、これは単純部分発作ということになります。

 しかし、後頭葉に限局していた異常放電が意識に深く関係する側頭葉などに広がっていくと、自分がどこにいるのか、人が何を話しているのか、今が昼なのか夜なのか、周りのことがまったくわからなくなり、意志に沿った行動ができなくなります(図4)。すなわち、意識の喪失です。意識のないときに起きたことは記憶にとどまることがありませんから、発作を起こしたご本人は発作中のことをまったく覚えていません。このような意識のない状態でみられる部分発作を複雑部分発作といいます。

 ただし、眼球の偏位や片側の手足のふるえといった異常運動は単純部分発作にも複雑部分発作にもみられ、外見上は見わけがつきません。この場合、意識が保たれているかどうか(本人が発作の間のことがわかっていて、あとで思い出すことができるかどうか、あるいは、他人からみて、呼びかけに対し反応するかどうか)によって両者を区別するしかありません。一方、自動症と呼ばれる無目的なおかしな行動・動作、あるいは、目がうつろになったり凝視したりする症状は一般に意識が喪失したとき現れることが多く、複雑部分発作の代表的症状とされています。

 ところで、視覚発作のように明確な感覚症状は「ヘンなものがみえる」「目の前が真っ暗になってみえない」というようにはっきり言葉でいいあらわすことができますが、異常放電の生じる部位によってはそうした明確な感覚症状をもたらさないことがあります。「何となくヘンだ」「発作がやってくる予感がする」と感じるのですが、それをはっきり言葉で表現できない。小さなお子さんですと、おかしいと感じて母親のところに駆け寄ってくる。そして、その後になって他人にもわかる発作症状が出現するということがあります。言葉でいいあらわすことのできないこうした異様な感覚を前兆と呼んでいます。

「......憂愁と精神的暗黒と圧迫を破って、ふいに脳髄がぱっと炎でもあげるように活動し、ありとあらゆる生の力が一時にものすごい勢いで緊張する。生の直覚や自己意識はほとんど十倍の力を増してくる。が、それはほんの一転瞬の間で、たちまち稲妻のごとくすぎてしまうのだ。そのあいだ、知恵と情緒は異常な光をもって照らし出され、あらゆる憤激、あるゆる疑惑、あらゆる不安は、諧調に満ちた歓喜と希望のあふれる神聖な平穏境に忽然と溶け込んでしまうかのように思われる。しかし、この瞬間、この光輝は、発作が始まる最後の一秒......の予感にすぎない......」

ドストエフスキー「白痴」 米川正夫 訳

 これはドストエフスキーの小説「白痴」の一節です。てんかんをもつ主人公、ムイシュキン伯爵の前兆がきわめて雄弁かつ詩的に表現されています。ドストエフスキー自身てんかん発作に悩まされていた人ですから、おそらく、この前兆も自身の経験をもとに書かれたのでしょう。言葉になりえぬ感覚を言葉にしようとするとこういう表現になるのでしょうか。前兆はドストエフスキーのような大小説家の手にかからないと言葉として表現しえないものなのかもしれません。

 前兆とは発作の予感、前触れという意味です。しかし、実際には前兆の時すでに脳のどこかで異常放電が発生しています。ですから、これもてんかん発作の一部です。意識が保たれているということも含めて考えると前兆は単純部分発作といっていいかもしれません。

 繰り返しになりますが、部分発作では、皮質の各機能が歪んだ形で発作症状として現れてきます。しかし、その現れ方によっては、とても、てんかん発作とは思えないものもあります。典型例が、大脳の前方、前頭葉の内側面、下面に生じた異常放電がもたらす発作です。こうした領域で電流が乱れると、両足を交互にばたつかせ(自転車をこぐ姿に似通っているので、自転車こぎ運動と呼ばれることがあります)たんに暴れているとしかみえないような動作をすることもあります。極端な例ではマスターベーションまがいの動作をはじめてしまうこともあります。こうした発作の持続は短く、しかも、発作のあとはケロッとしていることも少なくありません。このため、てんかん発作ではなく「ヒステリー発作」として長年治療されていることもあります。

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全般発作

 部分発作に対し、全般発作では脳全体が興奮していると考えられています。部分発作と違い発作症状はだいたい左右対称ですし、脳のどの部位においた電極からも脳の興奮を示す異常電気活動が記録されるからです。しかし、それでは脳全体が本当に異常興奮に陥っているのかといえば、実際のところは、よくわかりません。強直間代発作(大発作)などはそうだろうと想像されますが、もっと軽い全般発作では、皮質の一部が興奮しているだけなのに、脳の中心部にある神経細胞の集まり(灰白質)も一緒になって興奮するため、外見上、脳全体が興奮しているようにみえるのかもしれません。

 全般発作にはミオクロニー発作、てんかん性攣縮、強直発作、間代発作、脱力発作、欠神発作、脱力発作、強直間代発作があります。

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ミオクロニー発作

 ミオクロニー発作はきわめて短い(2 分の1秒以下の)筋の収縮によって起きる発作です。いわゆるピクツキというのがだいたいミオクローヌス(ミオクロニー発作のように後ろに発作という言葉が続かないときにはピクツキを表す言葉としてミオクローヌスという用語を使います)と考えていただいていいと思います。ピクツキは手足と体幹にほぼ対称性にみられ、手が一瞬もちあがったり、体全体が後屈したりします。発作の強さはさまざまで、強ければ体がよろめいたり、倒れたり、手に持っているものを落としてしまったりしますが、瞼がちょっとピクつくだけのきわめて軽いものもあります。

 ただし、ミオクローヌスというのはてんかん発作以外にも、さまざまな原因によって引き起こされます。ですから、ピクツキがあるからといってすぐにてんかん発作と即断はできません。

図5 ミオクロニー発作

6歳男児 軽度精神発達遅滞あり。3歳過ぎから日に数回、ウッと声を出し,倒れそうになるエピソードが見られるようになった。0.3秒前後の短い筋の収縮(最下段の縦線)に伴い脳波上全般性多棘徐波が認められる。

 ピクツキはまったく正常の人にも起こることがあります。ご経験があるかもしれませんが、ウトウトしかかったとき、手足がピクッとすることがあります。これもミオクローヌスです。入眠期ミオクローヌスといって正常な人にもみられる生理的現象です。

 あるいは、うしろから突然どやしつけられてビクッとすることがありますが、これもミオクローヌスの一種で、驚愕反応性ミオクローヌスといいます。脳に障害のある人にはこれが過剰にでることがあります。

 いずれにしても、こうした症状はてんかん発作としてのミオクローヌスではありません。

 では、てんかん性ミオクロニー発作をどうやってみわけるかというと、最終的には脳波によって判定するしかありません。ピクッとするときに、これに一致して脳波で脳表のあらゆる部位から同時に(これを全般性という言葉で表現しています)尖った波の連続(多棘波)の後にゆっくりした高い波(徐波)が続く多棘徐波がみられます(図5)。ただし、この多棘徐波はミオクロニー発作のある人には実際に発作のない時(発作間欠時)にもみられます。ですから、ピクツキがある人の脳波でこの波形がみられれば、発作時脳波をとらなくてもミオクロニー発作がある可能性が高くなります。

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攣縮発作(スパズム発作)

 ミオクロニー発作に似た短いピクツキのような発作に、攣縮(スパズム)発作があります。聞きなれない言葉かもしれませんが、点頭発作、というとおわかりになる方がみえるかもしれません。ご存じのように、点頭とはうなずくことで、うなずくように頭を前屈し、同時に、からだ全体を折り曲げ、肩をすくめ、手足を屈曲、または、伸展させる、というのが、この発作の代表的症状です。からだをかがめ、右の手のひらを額に当てるイスラム教徒の挨拶に似ているというので「額手礼発作salaam」などと呼ばれることもあります。発作の持続はミオクロニー発作よりやや長く、1秒前後です(図7)。いわゆる点頭てんかん(ウェスト症候群)によくみられる発作型ですが、レンノックス-ガストー症候群など他の難治てんかんにもときとして観察されます。

図6 シリーズを伴う攣縮発作 月齢6か月女児

生後4か月から、一瞬、目を吊り上げ、肩を挙げ、四肢に力を入れるようになった。このエピソードは数秒に一回起き、数分続いた。発作が強いと涕泣した。発作が始まって一週間後ぐらいから、日に数回エピソードを繰り返すようになり、それまでみられていたあやし笑いも消失した。脳波では、数秒に一回出現する1秒前後の攣縮(矢印)に伴い、脳波上、速波が重畳する高振幅徐波を認める。

 スパズムの最大の特徴は、数秒から10 数秒の間隔をおいて何度も繰り返し発作が起こることです。このような攣縮発作の繰り返しをシリーズ形成と呼んでいます。シリーズ形成は数分から数十分続き、その間に攣縮が数10回から、ときとして100回以上も繰り返されることもあります。一般に、シリーズが始まるときの攣縮は弱く、それから次第に強くなって、終わりに向かってまた弱まります。

 攣縮が強いと腹筋、横隔膜の強い収縮がおき、このため、発作に伴って異様な声を発することもあります。眼球がわずかに上向いたり、肩がわずかに挙がったりすることもしばしば観察されます。一方、頭や体を前屈するのでなく、逆に、反りかえるように頭や体を後屈させたり、手足を伸ばしたりする発作もみられます。これを屈曲型に対し伸展型攣縮と呼ぶ研究者もいます。しかし、頭は前屈させるが手足はひきつったように伸展させる、といった混合した形が実際には一番多くみられます。

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間代発作

 間代発作というのは、先ほどのミオクロニー発作に似たピクツキが繰り返し何度も律動的にみられる発作です。手足をガクガクさせる発作、というと、ある程度、イメージを思い浮かべていただけるかもしれません。一つ一つのピクツキの強さはさまざまですが、腹筋の収縮を伴うほど強いものだと、やはり「うっうっうっ」と律動的な発声が体の動きに同期して認められます。てんかん性攣縮のシリーズ形成とは異なり、ひとつのピクツキと次のピクツキとの間は長くて1秒、多くは1秒以下です。

 定義上、間代発作は左右対称に手足、体幹、顔面をガクガクさせる発作のことをいいます。しかし、間代性けいれんが単独で左右対称に現れることはあまりありません。むしろ、半身、あるいは、一部の手や足や顔面をガクガクさせる間代性けいれんのほうが多くみられます。もちろんこれはここでいう全般発作としての間代発作ではなく、部分発作の一症状としてのけいれん症状です。とくに、右半身あるいは左半身だけをガクガクさせる片側間代けいれんはしばしば認められます。痙攣重積でも半身性の間代性けいれんはよくみかけます。

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強直発作

7歳男児 強直発作

出生時の異常はないが、精神運動発達が遅れ、7歳を過ぎても、歩行はふらつき、有意語を認めない。3歳頃から、ボーッとして、全身の力が抜け、瞼をパチパチさせる数十秒の発作がみられるようになり、その後、睡眠時、大声で叫んで、上下肢を伸展、体幹を折り曲げる10秒前後の発作がみられるようになった。発作時脳波では、開眼し(矢印)上肢をやや固くし、その後、ブルブルふるわせる7秒ほどの発作に伴い、それまでみえていた全般性鋭波が消失、低振幅速波が全誘導に出現し、徐々に振幅を増大して律動性棘波へと移行し、発作停止とともに突如消失している。

 間代発作は四肢体幹の筋肉の律動的な収縮によって起きる発作ですが、強直発作は持続的に筋肉が収縮するために起きる発作です。典型的なかたちとしては、絞り出すように叫び声をあげ、目を上へ吊りあげ、手足やからだを突っ張る症状がみられます。毛細血管が収縮し、顔面は蒼白、唇も紫色に変色します。持続はたいてい10秒以下です。

 発作のあとはボーッとして寝入ってしまうことがほとんどです。

 睡眠中などには、薄目をあけ、わずかに筋肉が収縮するだけで、よくみると呼吸は乱れているものの四肢体幹の強直ははっきりしない、といった軽い発作もみられます。

 レンノックス・ガストー症候群などの難治てんかんにみられることが多く、クロナゼパムなどのベンゾジアゼピン系の薬によって類似した発作が誘発されることもあります。

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欠伸発作

 いままでの全般発作がさまざまな動きをその発作症状の特徴としているのに対し、欠神発作は意識消失が発作症状の中核をなしています。持続は数十秒で、その間、意識がなくなって自分が何をしているのやらまったくわからなくなります。手足が突っ張ったり、力が抜けて倒れたりといった派手な動きはほとんどみられませんから、周りの人間には、なんとなくぼんやりしている、目に輝きがなく虚ろになっている、呼んでも返事をしない、ぐらいのことしかわかりません。このため、てんかん発作と気づかれないこともあります。

 ただし、詳しく観察すると、口をもぐもぐさせたり、唇を舌でなめたり、目をしばたいたり、手をもじもじさせたりといったわけのわからない動作、行動がしばしばみられます。これを自動症といいます。自動症は前に述べた複雑部分発作にもみられます。しかし、複雑部分発作とちがい軽微なものが多く、手足をぴくぴくさせたり硬直させたりする痙攣性の運動症状やチアノーゼのような顔色の変化のはまずみられません。また、発作持続も短く、発作後はケロッとしてもとの状態に戻ります。ふつう、こうした違いによって複雑部分発作と鑑別しています。しかし、ときには、どちらか迷うこともあり、その場合には、脳波によって決着をつけるしかありません。

図7 定型欠神

5歳女児 1カ月前から、動作が止まり、目が虚ろとなり、口をモグモグさせる数秒の発作が日に何度もみられるようになった。過呼吸負荷によって、目が虚ろになり過呼吸動作が止まるエピソードに一致して高振幅の棘徐波が出現している(矢印)。

 脳波上は3サイクル前後の棘徐波が認められます。部分発作と異なりこの波は、最初から最後まで脳のあらゆる部位から同期して出現します。発作のあとに神経細胞の疲弊を示す脳波活動の減弱や高振幅の遅い波が認められることはありません。このことは、欠神発作の後に本人がケロッとしていることからも容易に想像がつくことです。

 また、数分間深呼吸を続ける(過呼吸)と発作が誘発されることがあります。なぜ過呼吸で発作が誘発されるのかわかっていませんが、脳内の二酸化炭素濃度の低下し、神経細胞の環境がアルカリ性に傾くことが関係しているのかもしれません。

 欠神発作は定型欠神と非定型欠神のふたつに分類されます。じつをいいますと、いままで述べてきたのは主として定型欠神の特徴です。非定型欠神は、脳全体に全般性に現れる棘徐波に一致して意識消失を主体とする発作症状がみられるという点では定型欠神と同じですが、発作の始まりや終わりが定型欠神ほどはっきりしなくて、なんとなく始まり、なんとなく終わるということがほとんどです。脳波上も定型欠神のものより遅い1.5~2.5サイクルの棘徐波が認められます。定型欠神は脳に障害がない患者さんに多くみられますが、非定型欠神はレンノックス・ガストー症候群など脳に障害のある患者さんによくみられる発作です。

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脱力発作

 文字通り、手足や体軸の筋の緊張が瞬間的に消失し、力が抜けてしまう発作です。瞬間的に筋の緊張が高まるミオクローヌスとは逆の現象と考えていいかもしれません。

 筋の緊張が消失し、軽い場合には、一瞬、体がよろめいたり、もっていたものを落としたりといったミオクロニー発作と同じような症状がみられます。突然、倒れたり、頭を机にぶつけたりして、ひどい怪我をすることもあります。ただ、筋の緊張が抜けていることを客観的に証明することが難しいため、脱力発作については詳しいことが分かっていません。また、非定型欠神、複雑部分発作など他の発作の最中に体の脱力がみられることが決してまれではなく、純粋に脱力だけがみられる発作がどれほどあるのかもよく分かっていません。

 ともあれ、てんかん発作というと、えてして筋が収縮する痙攣症状を思い浮かべがちですが、異常放電の出現の仕方によっては、痙攣とは逆の「陰性」現象も生じうるわけです。

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強直間代発作

 おそらく、多くの人がてんかん発作というとまず思い浮かべるのがこの発作ではないかと思います。

 大発作Grant malと呼ばれていたこともあります。大発作と呼ばれるだけあり、てんかん発作の中でも症状がもっとも激烈で、電気現象のうえからも脳内に異常放電がめいっぱい広がったとき起きる発作とされています。

 ただし、「大発作」ということばはあいまいで注意が必要です。部分発作や強直発作でも激しい痙攣性発作はみられます。しかし、発作中に激烈な動きがみられると何にでも大発作という言葉をあてはめてしまい、強直間代発作と混同されてしまうおそれがあります。ですから、このような紛らわしい言葉はあまり使わない方がいいとされています。ちなみに、昔は小発作Petit malという言葉も使われていました。そのほとんどは欠神発作に対して使われていました。手足の激しい動きはほとんどみられず単にボーっとするだけだというので小発作と呼ばれたのでしょう。しかし、この言葉も複雑部分発作などと混同されるのおそれがあるで今は使われていません。

図8 全般性強直間代発作 14歳男性

13歳の時、テレビを見ていて全身を強直させ、ブルブル震わせる発作が起きた。半年後、テレビゲームをしていて再び同様の症状がみられた。脳波で点滅光刺激を開始したところ瞼がピクツキはじめ、意識を消失、上肢を伸展硬直させ、歯を食いしばる発作が開始した。やがて、全身が強直し、30秒後あたり(下段)から四肢をブルブル震わせるようになり、がくんがくんと全身を揺らす間代発作に移行し、1分ほどで発作は消失、その後、眠った。

 強直相は前に述べた強直発作とだいたい同じと考えていただいていいでしょう。異様な叫び声をあげ、目が上につり上がり、表情が一変したように顔が固まり、手足は伸展硬直、体全体を震わす発作です。これがしばらく続いたのち、徐々に間代相に移行します。

 間代相では間代発作同様、1秒間に1-2回、顔も手も足も体全体が飛び跳ねるようにガクンガクンと律動的にふるえます。これがしばらく続いたのち、発作は終了します。持続は1分前後です。

 脳全体に広がった異常放電は、手足や体の動きのみならず内臓の自律神経にも影響を及ぼします。毛細血管が収縮し、顔面は蒼白、唇は紫色に変色します。脈が早まり、血圧は上昇、膀胱や直腸にも影響が及んで失禁することもあります。

 脳波では、次第に振幅を増していく速い波が強直相に、棘徐波が間代相に脳表のどの部位からも記録されます。脳全体が異常放電に巻き込まれる発作ですから、発作中に脳全体が莫大なエネルギーを消費します。このため、発作の後、ほぼ例外なく、虚脱状態となり、たいていは寝入ってしまいます。

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発作の進展

図9 後頭葉発作の進展

後頭葉で発生した異常放電は視覚発作,眼球偏位、強制閉眼、眼瞼のピクツキをもたらすが、前方の側頭葉に異常放電が広がっていくと、幻視、意識消失、自動症が出現し、前上方の前頭葉、頭頂葉に拡がると、非対称性強直姿勢、片側間代けいれん、焦点性要素性感覚発作が生ずる。頭痛、吐き気、嘔吐などの偏頭痛様の症状が発作前後にみられることもある。

 部分発作のところで脳の一部に起きた異常放電が他の部位にまで広がり、単純部分発作から複雑部分発作へと変化することがあるといいましたが、このような発作の変容を発作の進展といいます。つまり、ある部分で発生した異常放電は発生部位にとどまることなく、堤防が決壊した川の水のように他の部位を侵蝕していくことがあるのです。

 たとえば、後頭葉で発生した異常放電は異常視覚、瞼のピクツキ、眼球の偏位を引き起こします。しかし、異常放電が側頭葉にまで広がると意識喪失や自動症をきたします(図9)。前頭葉に流れ込むと手足の硬直、間代が起きます。

 こうした発作の進展が発作像を一見複雑なものにします。たとえば、異常放電がその発生部位にほんの一瞬しかとどまることがなく、あっという間に他の部位に伝搬してしまうことがあります。そうすると、たとえば、後頭葉に発作起源がある人では、異常放電が後頭葉にとどまっているときには視覚発作がみられますが、後頭葉から一瞬のうちに前方へ伝搬すると視覚発作のような後頭葉の異常放電を示唆する発作はみられず、意識の消失や自動症、手足の痙攣がおきます。こうなると、1人の患者さんがあたかも二つも三つも異なった発作をもっているかのようにみえてしまいます。

 このことは、治療の上で重要です。というのは、抗てんかん薬を使うと発作の進展が抑制され、視覚発作だけが残ることがあるからです(図4)。しかし、派手な手足の痙攣発作がなくなるとヤレヤレと思ってしまって、まだ視覚発作が残っていて発作が完全にコントロールされているわけではないのに、あたかも、完全によくなったかのように錯覚されてしまうおそれがあります。

 発作の進展は部分発作に限ったことではありません。全般発作にもみられます。そして、どんな発作も異常放電が脳全体に目一杯拡がると強直間代発作になってしまうと考えられています。つまり、部分発作のみならず、ミオクロニー発作であっても、間代発作であっても、あるいは、きわめてまれですが、てんかん攣縮や強直発作や欠神発作であっても、強直間代発作に移行する可能性を秘めているわけです。というより、強直間代発作が単独で現れることはむしろまれで、たいていの場合、他の発作型が先行しています。このような強直間代発作への進展を2次性全般化といっています。

「......何かしらあるものが彼の眼前に展開した。異常な内部の光が彼の魂を照らしたのである。こうした瞬間がおそらく半秒くらいも続いたろう。けれども、自分の胸のそこからおのずとほとばしりでた痛ましい悲鳴の最初の響きを、かれは意識的にはっきり覚えている。それはいかなる力をもってしても、とめることのできないような叫びであった。続いて瞬間に意識は消え、真の暗黒が襲ったのである......てんかんの発作......の瞬間には不意に顔、ことに目つきがものすごく歪む、そしてけいれんが顔と全身の筋肉を走って、恐ろしい......悲鳴が胸のそこからほとばしり出る......誰か別な人がいて、それが発した声のようにさえ思われる......」

ドストエフスキー「白痴」 米川正夫訳

図10 部分発作の2次性全般化
Penfield W & Jasper H.
Epilepsy and the Functional Anatomy of
the Human Brain (p 614)

5歳女児1カ月前から、動作が止まり、目が虚ろとなり、口をモグモグさせる数秒の発作が日に何度もみられるようになった。過呼吸負荷によって、目が虚ろになり過呼吸動作が止まるエピソードに一致して高振幅の棘徐波が出現している(矢印)。

 先ほどでてきたドストエフスキーの小説「白痴」の一節、主人公ムイシュキン公爵が痙攣をおこした場面です。ここで注目されるのは、公爵が突然意識を失っているのではなく、発作前に「異常な内部の光が彼の魂を照らしだす」ような異様な感覚を感じていることです。そして、その後、意識を失い、全身けいれんをおこしています。前に述べたように、この発作前の異常感覚は単純部分発作である前兆です。したがって、公爵の発作は単純部分発作とそれに引き続いて起きる2次性全般化強直間代発作ということになります(ただし、後半の意識を失い、叫び声をあげる痙攣発作は複雑部分発作である可能性もあります。この痙攣部分の描写は前兆のものに比べ類型的でドストエフスキー特有の細密さに欠けています。これは当然で、痙攣中は意識を失っているので、自身の症状は人伝えに聞くだけだったでしょうし、他人の痙攣を間近に観察する機会もそれほどあったとも思えません。ですから、ドストエフスキーといえども具体的描写が不可能だったのでしょう)。前にも述べたようにドストエフスキーにはてんかんの持病があり、おそらく、この描写には自身の発作体験が反映しているものと思われます。おそらく彼にも同様の発作があったのでしょう。

 このように、どんな発作も最終的に強直間代発作へ進展する可能性を秘めています。しかし、発作の進展はこれだけではありません。先に述べたように単純部分発作から複雑部分発作へ進展することがあります。また、非常にまれですが、部分発作に引き続いて欠神発作やてんかん攣縮が起こることもあります。

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人間はてんかん発作を起こす生き物

 てんかん発作はどんな人にでも起きるわけではありません。一生のうちで一度でもてんかん発作を起こすのは全人口の10%程度と推定されています。しかし、最初に述べたように、てんかん発作は脳内の神経細胞網に異常な電流が流れて起きる症状です。可能性としてなら、脳をもっている限りどんな人にもてんかん発作は起こりえます。

 たとえば、外側から脳に強力な電気を流せば誰でもてんかん発作を起こします。また、ある種の薬を静脈内に注射すると最終的にはどんな人も痙攣し始めることがわかっています。

 てんかん発作を起こす可能性という意味からは、脳をもっている限りすべての人が同じといえるのです。「人間はてんかん発作を起こす生き物である」と書いているてんかん学者がいるぐらいです。てんかん発作というのは脳を有するものの宿命だといってもいいでしょう。

 ただし、この「人間はてんかん発作を起こす生き物である」という定義は、てんかんに対する世の誤解を解く意味では教訓的でいいのですが、脳をもつ生物はなにも人間に限らないわけですから、ちょっと、おかしい、といわざるをえません。サルでもイヌでもネコでもネズミでも脳をもつ動物はいくらでもいます。そして、ある条件下ではそうした動物もてんかん発作を起こします。事実、ネコ、マウス、マントヒヒなどはてんかん研究の実験動物にもよく使われています。

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てんかんとは何か?

 さて、長々とてんかん発作についてお話ししてきましたが、以上のことを理解していただいて、はじめて、本題である「てんかんとは何か?」という話題にはいることができるのです。

 てんかんとは何か?

 国際てんかん連盟と国際てんかん協会は2005年にてんかん発作とてんかんを次のように定義しています(Robert S. et all.. Epileptic Seizures and Epilepsy: Definitions Proposed by the International League Against Epilepsy (ILAE) and the International Bureau for Epilepsy (IBE). Epilepsia 2005 : 46, 470-2.)

 「てんかん発作とは脳の過剰かつ同期的な異常神経活動によってもたらせられる一過性の症状もしくは徴候をいう。てんかんとは、てんかん発作を永続的に形成する傾向を特徴とし、神経生物学的にも、認知能力においても、精神活動においても、社会活動においても何らかの問題を抱えていることがある。てんかんの定義を満たすためには、てんかん発作が少なくとも一回は起きていることを要す」

 定義というのはどんなものでもそうですが、無味乾燥、何をいっているのやらまるで訳が分からないものと相場が決まっています。この定義もそうです。

 そこで、まず、てんかんがあるとはどういうことなのか(すなわち「てんかん発作を永続的に形成する傾向を特徴と」するということはどういうことなのか)ということから考えてみたいと思います。

 先に述べましたように、てんかん発作は脳をもっている限り誰にでも、どんな動物にでも起きます。ただ、「てんかん発作の起こりやすさ」が人によって違うのです。

 以前、TVアニメ「ポケモン」を観ていて多くの子供がてんかん発作を起こし、大騒ぎになったことがあります。ロケット砲が爆発する場面の派手な閃光刺激がてんかん発作を誘発したと推測されています。愛知県での調査では、6歳から18歳までの小児のうち約5000人に一人がこのアニメ番組を観て、てんかん発作を起こしたと推定されています。しかも、その半数近くがそれまで一度もてんかん発作を起こしたことのなかった子どもたちでした。おそらくその大半は特別な事情がない限り将来もてんかん発作を起こすことはないと思われます。というのは、どのような閃光刺激がてんかん発作を誘発しやすいかはある程度判明しており、この事件をふまえ、今後、そうした映像は放映されなくなることが期待されるからです。あの時発作を起こした子どもたちは同じ番組を観ていながら発作を起こさなかった子どもたちに比べ、てんかん発作を起こしやすい体質を持っていたと思われます。しかし、かといって、よほど強い発作誘発性の視覚刺激を受けない限り、通常の日常生活の中で繰り返してんかん発作を起こすこともないだろうと推測されます。

 このようにてんかん発作の起こり易さは人によってかなり幅があります。そして、ほとんどの人は通常の環境下ではてんかん発作を起こさずに一生を終えます。しかし、一方で、普通の人にはどうということもない環境下にありながら繰り返してんかん発作が起こす人がいます。このような人たちのことを一般に「てんかんをもっている」といっているわけです。

 もう一度、先ほどの定義をみてみましょう。てんかんとは

 「てんかん発作を永続的に形成する傾向」で「てんかん発作が少なくとも一回は起きていることを要す」のです。ですから、てんかんとは何度も繰り返してんかん発作を起こす病的状態、といっていいでしょう。

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てんかんは病名ではない

 ただし、てんかん発作が起こりやすくする原因は多岐にわたり、一様ではありません。

 たとえば、脳腫瘍ができると腫瘍周囲の神経細胞が圧迫され、神経ネットワークが乱れ、異常電流が流れやすくなります。あるいは、脳炎になると炎症で神経細胞や神経線維が膨れあがり細胞膜が不安定になって、異常放電が生じやすくなります。さらに、脳炎がおさまったあとには脳に傷跡が残り、神経網に乱れが生じ、突発電流が流れやすくなります。また、脳の奇形があると、生まれつき神経網が乱れているため、ちょっとしたことで異常電流が流れてしまいます。このように、形態的にみて脳に明らかな異常(器質異常)があると、脳内の電流が不安定になり、てんかん発作が繰り返し起きやすくなります。

 一方、生まれつき体質的に異常放電が起こりやすい人がいます。ここで体質的といっているのは、上に述べた脳腫瘍、脳炎、脳奇形のようなはっきり目に見える器質病変がないにもかかわらず、てんかん発作が起きやすい素因をもっている、というほどの意味です。ただし、その素因をもたらす原因はまだよく分かっていません。しかし、おそらく、その一部は遺伝的に規定されているだろうと想像されています。たとえば、小さい頃てんかん発作や熱性けいれんを何回も起こした人の子供がてんかんを発症する、ということがしばしばみられます。これは痙攣性素因が親子の間で引き継がれた証拠だろうと考えられています。しかし、てんかんをもっている人の家族にいつもてんかんや熱性けいれんの既往がみられるわけではありません。てんかんの種類にもよりますが、てんかん患者の家族歴に痙攣性疾患が認められるのはせいぜい30~40%です。ただ、非常にまれですが、一つの家系に似たような症状、経過のてんかんをもっている人がメンデルの優性遺伝の法則に則って多発することがあります。こうした家系の一部では、最近、てんかんの原因と推定される遺伝子異常が確認されています。たとえば、神経細胞内外の電解質をコントロールする細胞膜タンパク遺伝子の異常です。電解質は神経細胞の興奮性に密接に関係しますから、それをコントロールするタンパク質に異常があればけいれんが起きやすくなるだろうことは容易に想像がつきます。

 このように、てんかんというのはさまざまな病気によって起こり、てんかんという言葉は決して一つの病気をさしているわけではありません。てんかんとはある病的な状態(病態)にすぎません。

 これは、たとえば、貧血という病態を考えていただければわかりやすいかもしれません。貧血とは血液の赤血球が減少した状態のことをいいますが、赤血球が減少する病気はたくさんあります。鉄欠乏性貧血というありふれた病気から、白血病、再生不良性貧血などの難病まで、さまざまです。同じように、てんかんを起こす病気も多種多様です。てんかんは決して一つの病気ではないのです。

 昔からてんかんについて世間ではいろいろなことがいわれています。たとえば、「てんかんは遺伝する」「てんかんがあるとバカになる」「てんかんは精神異常だ」といったたぐいの噂です。しかし、てんかんの定義からいえば、そのほとんどが誤解にもとづいたものということになります。てんかんを一つの病気と考え、一括りにしてしまうから、誤解が生まれるのです。

 先ほども申しましたように、てんかんを起こす病気の一部はたしかに遺伝することが明らかになってきています。しかし、そうでないものも少なくありません。たとえば、家族にてんかんをもつ人間が一人もいないのに、交通事故で頭にけがをし、脳の傷跡がもとでてんかんになってしまう人がいます。

 てんかんがあるからといって必ずしも知能障害が出現するわけでもありません。たしかに、脳腫瘍とか脳奇形といった器質性脳障害がある一部の人に、てんかん発作に加え、知能障害、運動障害がみられるのは事実です。しかし、だからといって、てんかんのある人全員が知能障害をもっているわけではありません。知能も運動機能もまったく正常のてんかん患者が少なくないことは、たとえば、先程述べたドストエフスキーの例一つとっても明らかでしょう。ドストエフスキーは人並み以上の智力で人間の内奥に迫る小説や随筆を数多く書き残しています。てんかんがあり、かつ、知能障害のある人は、てんかんがあるために知能障害が出現しているのではありません。脳奇形のような器質性脳障害があるために知能の発達が遅く、かつ、てんかん発作も繰り返し起こるのです。

 同じことは精神障害についてもいえます。今まで普通に話をしていた人が、突然顔をゆがめ、奇声を発し、倒れたり、訳の分からない動作をしたりする。こんな現れ方をするものですから、てんかん発作を何やらおかしなもの、悪魔とか悪霊とかがとりついた憑依現象と信じられた時代がありました。古代ギリシャではヒポクラテスの時代までてんかんが「神聖病」の名で呼ばれていたようです。てんかん発作が何か神がかり的超自然現象と信じられていたのです。その後、てんかん発作は憑依現象などではないと認識されるようになってきました。悪霊とか神とかをひきあいにだすことはなくなっています。しかし、かわりに、現在では何やら訳が分からないもの、外面上、肉体的に何の異常もないのに出現する説明不可能な症状を「精神的」の一言ですましてしまう風潮があります。てんかん発作が精神的なものと結びつけられるのは、このためかもしれません。

 また、従来、成人のてんかん患者の多くが精神科に受診していたこともてんかん発作を精神症状と誤解させる原因になっているのかもしれません。事実、てんかんの医療費公費負担制度は「精神」衛生法26 条に規定されています。しかし、繰り返し述べてきたように、てんかん発作は脳の異常放電による純粋に電気的な現象です。精神的なものが発作の誘因となったり、精神症状がてんかんに付随してみられることはあるかもしれません。しかし、発作自体は精神的なものとなんの関係もありません。

 心臓の不整脈もやはり電気的な原因で起きる発作性症状です。予測不能な突発的異常という点ではてんかん発作も不整脈も同じです。しかし、不整脈を精神現象だと思う人はいないでしょう。不整脈では心拍の異常とそれに伴う循環異常が症状としてでてきます。しかし、てんかん発作の場合、さまざまな精神運動感覚機能をつかさどる大脳が舞台になっているため、奇妙な動作、激烈なけいれん、意識の混濁など、あたかも精神に異常をきたしたかのような症状を呈します。ですから、同じ突発的異常であっても片方は純粋に肉体的異常、他方は精神的異常と考えられるのかもしれません。

 たしかに、てんかんをもつ人の一部でうつ症状とか妄想といった精神症状がみられるようになるのは事実です。とくに、成人のてんかんでは多いとされています。さらに、思春期に発症する比較的良性のてんかんとされてきた若年性ミオクロニーてんかんに高率にうつ病が合併することも最近注目されています。しかし、一般に、てんかんに合併する精神症状の原因はさまざまで、必ずしもてんかんという病態にいつも直結しているわけではありません。ましてや、てんかんがあると必ず精神症状がでるというわけではありません。多いといわれる成人てんかんでも、全員が精神症状を呈するわけではありません。ほんの一部の人にみられるだけです。

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てんかんの診断

 てんかんは、原因はともかく、なんの誘因もなくてんかん発作が繰り返しみられるものすべてを含みます。ですから、てんかんの診断は脳の異常放電に起因する発作、すなわち、てんかん発作が繰り返し起きているかどうかを確認することがその基本となります。

 では、そのてんかん発作があることをどうやって確認するかといいますと、一番確実な方法は、発作を起こしているときに脳内に異常電流が流れていることをつきとめることです。脳内の電気現象を捉える方法としては脳波があります。ですから、発作のさなかに脳波を記録すればいいわけです。てんかん発作がはじまると脳波上に棘徐波や漸増波といった通常の脳波記録ではみられない律動波が出現します。これによって、神経細胞が一斉に興奮・発火していることがわかります(ただし、あとで述べるように、脳は立体構造物ですし、また、電気信号を減衰させる頭蓋骨も存在するため、必ずしもてんかん発作のすべてで頭蓋骨に電極をおいた頭皮脳波に異常律動活動がみられるわけではありません。きわめて限局したてんかん性発射を捉えるためには頭蓋内に電極を入れ、脳表や脳内から直接脳波活動を記録する必要があります。これは、てんかん焦点を正確に確定する必要があるてんかんの外科治療において重要な術前検査になっています)。

 ただ、発作時脳波による診断というのはあまり現実的な方法とはいえません。てんかん発作のほとんどがそれほど頻繁には起きないからです。せいぜい数週間に一回ぐらいがほとんどです。ですから、欠神発作、ミオクロニー発作、てんかん攣縮など比較的頻発しやすい発作型をのぞけば、よほどの偶然でもない限り、発作中に脳波を記録することはできません。

 また、一部の発作型をのぞけば、発作がいつ起こるか予測することもできませんから、発作の起きる時をねらって脳波を記録することもできません。

 では、どうするかといいますと、発作を目撃した人、そして、発作を起こしたご本人から発作に関する情報をできるだけお聞きするしかありません。そして、そうして得られた情報を総合して、てんかん発作の有無を判断します。発作が起きたときの状態(睡眠中か覚醒中か)、持続時間、意識の有無(呼びかけに反応したか、発作のことを覚えているか)、口唇色(蒼白か、紫色か)、目の状態(虚ろだった、目を見開いていなかったか、上方や左右に偏位していなかったか、瞼がふるえていなかったか)、手足の状態(硬直していなかったか、ガクガクふるえていなかったか、だらんと力が抜けていなかったか)、自動症の有無(口をもぐもぐさせていなかったか、両手をもじもじさせていなかったか、手足を交互にバタバタさせていなかったか)、叫び声の有無、前兆の有無(発作が起こる前におかしな感じがしたり、おかしな動作をしていて、発作が起こりどうだが分かるか)、ミオクローヌスの有無(突然、もっていたものを突然落としたりしていないか)----とにかく、できる限りたくさんの情報を集めます。これは、問診といわれるどんな病気の診療でも真っ先に行われる方法です。しかし、診断の根拠となるてんかん発作の有無を判定する決定的役割を担っていますから、てんかん診療の場では、問診がきわめて重要です。紙と鉛筆さえあればいい、きわめて原始的なやり方ですが、さまざまな検査技術が進んだ現在でもこの問診という方法がてんかん診療の中心となります。

 問診の時一番大切なのは、なるべく日常的な言葉で具体的に発作の様子を表現していただくことです。専門的医学用語を使うことは間違いのもとです。

 昔、てんかんをもつ子のお母さんに「発作はないけどひきつけはある」といわれ呆然としたことがあります。それまで診察のたびに「発作はないですか」という質問にそのお母さんはきまって「発作はありません」と答えてみえました。ですから、その患者さんのてんかん発作はうまくコントロールされていると信じていたのです。けれど、じつは、毎週のように「ひきつけて」いたのだそうです。そのお母さんが発作という言葉をどのように解釈していたのかは今ひとつはっきりしませんでした。しかし、少なくとも、手足の「ひきつけ」と別物と考えていたことは間違いないようです。

 日常的な言葉はどんな人にでもだいたい同一の意味が共有されています。しかし、専門用語となると専門家の間でも時としてまったく異なることがあり、ましてや、専門家以外の人々の間では定義が違ってしまうことが少なくありません。

 たとえば、てんかんの専門医は、強直発作といえば、叫び声をあげ、真っ青になって、眼球を上転させ、身体を折り曲げ、四肢を硬くする数十秒の発作と脳波上の漸増波を思い浮かべます。しかし、普通の人にとっては、その一般的語感から言っても、とにかく手足を硬くする発作すべてが含まれてしまうでしょう。手足を硬くする発作は、たとえば、部分発作でもみられます。同じ強直発作という言葉を使っていても、定義が違っていますから、それぞれが考えている内容が異なり、正確な情報が伝わりません。

 てんかん発作の様子は医学用語など使わなくとも日常使われている言葉で十分表現可能です。次にご紹介するのは子どものてんかん発作を父親が見事に描写した例です。

「......医療に携わっている方々が、幼児に特有できわめてまれな痙攣に注目していただければと願いこのレターを書きます。私が知っている唯一の例は私自身の息子ですので、直接、私にでも、あるいは、ランセット誌への投稿という形でもいいですから、どなたかこの病気についてお教え願えれば幸いです......生まれて4カ月目に息子はお辞儀でもするように頭を前屈するようになりました......おじぎしてそれからまた元に戻るということが交互に数秒おきに起き、一回の発作の間にそれが10回から20回、あるいは、それ以上繰り返されます......同年齢の子にみられる知的活動や活発な動きはみられません......笑いませんし、何もみていません。じっとしていて、悲しげです......」

ウェスト著  1841年 ランセット誌

 これはイギリスの外科医兼産婦人科医であったウェストという医師がランセットという現在も発行されている医学雑誌に150年以上も前に投稿した歴史的論文です。通常の論文形式ではなくレター形式のためでしょうか、臨床医の正確な観察の合間から父親の愛情と悲しみがにじみでてくるような文章です。

 ウェストの息子の発作がシリーズ形成性てんかん攣縮であることは、この簡潔な文章でもすぐに分かります。しかし、その発作描写には医学的専門用語がほとんど使われていません。むしろ、日常の言葉が使われているからこそ発作症状がはっきり伝わってきます。ウェストの息子が罹患していた疾患は点頭てんかんの名で知られるてんかん症候群ですが、国際的にはウェストの名をとってウェスト症候群と呼ばれています。短い論文ですが、このてんかん症候群の発作像、臨床経過が見事に活写された世界最初の論文だったからです。この症候群にウェストの名が冠せられるようになったのはそのためです。

 このように、てんかん発作は日常の言葉で充分表現可能です。医学用語はむしろ誤診の原因になりかねません。

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脳波

 問診が大事だということは分かったが、では、脳波はどうなのだとおっしゃるかたがみえるかもしれません。

 たしかに、たとえ発作中に脳波が記録できなくとも、脳波はてんかんの診断にとってとても大切な検査です。発作以外の時でも、てんかんのある人の脳波(発作間欠期脳波)には棘波とか棘徐波といった異常な波がしばしばみられるからです。ですから、問診でてんかん発作が疑われ、さらに、脳波でそのような異常波、てんかん放電が認められれば、その発作がてんかん発作である可能性がきわめて高くなります。20世紀に入って脳波検査ができるようになるまで、問診以外に、ある人がてんかん発作をもっているかどうかを目にみえる形で確認する検査法はありませんでした。そして、さまざまな検査技術が開発された現在においても、てんかんの診断において脳波にまさる検査はありません。脳波検査はてんかん診療に革命をもたらしたといっても過言ではありません。

図11 ローランド棘波

学童期の小児によくみられる中心-中側頭部に頻発する棘波。場所的には中心溝(ローランド溝)周囲から発生しているようにみえるのでこの名がある。実際、発作としてもこの部位の皮質機能に関連する口角の引きつり、口周囲のしびれ感などがみられることがある(シルビウス発作)。しかし、これほど派手な棘波がみられても、まったくてんかん発作を起こさない小児も少なくない。

 ただ、注意しなければならないのは、脳波上てんかん放電がみられる人すべてが必ずしもてんかん発作をもっているわけではない、ということです。たとえば、スウェーデンで行われた調査ですが、千人以上のてんかん発作既往のないまったく健康な子供で脳波を行ったところ、数バーセントにてんかん放電がみられたと報告されています(図11)。脳波にてんかん放電があるからといって全員がてんかん発作を起こすわけではないのです。

 逆に、てんかん発作がある人全員に発作間欠期脳波でてんかん放電がみられるわけでもありません。通常、脳波という場合、頭に20個から30個ぐらいの電極を均等に着けて記録する頭皮脳波のことをいいます。これによって、頭蓋骨の近くにある大脳皮質の電気活動はある程度把握できます。しかし、脳は立体的な構造をしています。多くの皮質は頭蓋骨の真下にありますが、電極からずっと離れた頭の中央に位置している皮質も少なくありません。こうした部位にてんかん放電が生じていても通常の頭皮脳波ではなかなか捉えることができません。通常の脳波で記録できるのは皮質の電気活動の3分の1にすぎないと試算されています。

 頭蓋骨も問題です。脳波はせいぜい数千マイクロボルト単位のきわめて微弱な電気を記録しています。この微弱な電気活動は骨を通過する間にかなり減衰してしまいます。頭皮脳波は脳の電気活動の一部を記録しているにすぎないのです。

 ですから、問診でてんかん発作があるかどうか確認することなしに、脳波だけでてんかんと診断することはできません。あくまでも問診でてんかん発作の有無を確認する必要があるのです。

 もちろん、だからといって、脳波は意味がないといっているのではありません。

 問診でてんかん発作の有無を確認するといっても、完全な発作情報がいつも得られるとはかぎりません。むしろ、不完全な情報しか得られないことがほとんどです。発作の後、眠っているところを発見され、発作を起こした本人は何も覚えていないということも少なくありません。そんなときでも、脳波にてんかん放電がみられれば、そのエピソードがてんかん発作であった可能性が高くなります。

 てんかん放電の種類によって発作型を推測することもできます。たとえば、複雑部分発作と欠神発作を区別する場合などがそのいい例です。この2つの発作は同じように意識喪失と自動症がみられます。しかし、複雑部分発作のある人の脳波では、多くの場合、脳の一部に棘波がみられるだけですが、欠神発作では脳のすべての部分から棘徐波(全般性棘徐波)が出現します。問診からも二つの区別はだいたい可能ですが、脳波によってその鑑別を確実なものにすることができます。

 脳波はてんかんの人を長い間診ていくうえでもなくてはならない検査です。

 てんかん発作の起こり易さというのは一生を通じていつも同じではありません。てんかんの原因にもよりますが、とくに素因性てんかん(特発性てんかん)では年齢とともにてんかん発作が起こりにくくなることがよくあります。たとえば、小児期発症の特発性局在関連てんかんの一部は思春期近くになるとしだいに活力が低下していくことが知られています。小児てんかんの約半数前後が、大人になると薬を飲まなくてもてんかん発作を起こさない状態になります。成人のてんかん有病率が小児のてんかん有病率より低いことが知られていますが、その一因はここにあります。てんかんは決して「不治の病」ではありません。原因によっては治癒することも少なくないのです。そして、てんかんが治癒していることを確認する方法として脳波が用いられているのです。

 てんかん発作をおさえる薬(抗てんかん薬)をやめていく場合にも脳波が重要な判断材料になります。脳波にてんかん放電がみられるかみられないかによっててんかん発作の再発率が異なるからです。てんかん放電がみられない場合のほうが圧倒的に発作再発率が低いのです。

 脳波はてんかん発作が起こりやすいかどうかをみる唯一の検査法といっていいのです。

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脳波以外の補助検査

 てんかん診療では脳波以外にもさまざまな検査が行われます。しかし、こうした検査の多くは、脳波と違い、てんかん発作があるかどうか、あるいは、てんかん発作が起こりやすいかどうかを確認するのではなく、てんかんの原因をつきとめるために行われます。

 たとえば、頭のCT(コンピューター断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)などの画像検査は脳腫瘍や脳奇形などてんかんの原因となりうる脳の形態変化がないかどうか確認します。

 また、血液検査によっててんかん発作をきたす疾患のヒントがえられることもあります。まれですが、カルシウムやカリウムなどの電解質異常によって突発的に筋肉が攣縮したり、逆に、収縮しなくなって麻痺状態になったりすることがあります。こうした「発作」も、てんかん発作と間違われることがありえます。ですから、電解質を調べる血液検査はてんかん発作があるかどうかを確認する検査といってもいいかもしれません。

 血液検査にはてんかんの原因をつきとめる以外にもう一つ目的があります。

 てんかん治療の多くは抗てんかん薬によって行われています。しかし、副作用のない薬はありません。長い間抗てんかん薬を飲んでいて、たとえば、肝臓に異常がみられたとき、それが薬を飲む前からあったのかどうかが分からなければ副作用かどうか分かりません。このため、薬を飲む前に血液検査をしておくのです。

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